「私たちの世代では、発達障害がなんなのかわからない」
数か月前、見学に付き添いで来られていた
おばあさまが、そうおっしゃいました
責めるような言い方ではありませんでした
ただ、少し戸惑ったような、不安のにじむ声でした
「昔は、そんな言葉はなかった
だから、何がどう違うのか分からない」
でもそのおばあさまは、こうも言いました
「帰って来た子どもの顔をみればわかるから」
私は、その言葉がずっと心に残っています
理解は、必ずしも言葉から始まるとは限りません
姿や表情、空気感から始まることもあります
もちろん、今は発達科学も進み、
診断や専門的な知見は、とても大切です
けれど、
目の前の子どもの顔を見て、
「今日はどうだった?」と感じ取ろうとする姿勢
そのまなざしは、
どの時代でも変わらず大切なものだと思っています
発達障害とは?わかりやすく説明すると
発達障害とは、生まれつきの脳の特性です
育て方の問題でも、しつけの失敗でもありません
代表的なものには、
-
自閉スペクトラム症(ASD, Autism Spectrum Disorder)
→ 対人関係やコミュニケーションの特性、こだわりの強さなどが見られます -
注意欠如・多動症(ADHD、Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)
→ 不注意、多動性、衝動性が特徴です -
学習障害(Learning Disorder、LD/限局性学習症〈Specific Learning Disorder:SLD〉)
→ 読み書きや計算など、特定の学習分野に困難が見られます
などがあります
発達障害のある子どもは、情報の受け取り方や処理の仕方に特徴があります
でも、ここで大切なのは、診断名 “だけ” ではありません
(※診断との向き合い方については、こちらの記事でも詳しく書いています ▶︎「診断はゴールじゃない——“この子の幸せ”のためにできること」)
診断名は、その子に出やすい特性や困りやすさを知るための大事な手がかりです
支援の方向性を考える上でも、とても重要な情報になります
けれど、同じ診断名でも、感じ方や困り方は一人ひとり違います
だから私たちは、診断名を見るだけでなく、
目の前のその子を見ます
本当に大切なのは、
その子がどんな世界の中で生きているかです
その診断名や特徴を知っていても、
「その子の毎日は、どんなものなのか」までは、
なかなか想像しにくいのではないでしょうか
あなたも、少しだけ体験してみてください
① 耳に紙コップを何重にも重ねて耳に当てる
数分間、その状態で過ごします
・全体的にボワァーとした聞こえ方
・音は入るけど、輪郭がはっきりしない
・紙コップの底を爪で叩くと、頭に響くような不快感
実際にこのように聞こえている、という意味ではありません
でも、
脳の中では、これくらい“負担”がかかっている可能性がある ということです
感覚の感じ方は人それぞれですが、“情報を選び分けにくい状態”を知るための体験です
今、目を閉じて想像してみてください
・椅子を引く音
・廊下の足音
・蛍光灯のわずかな点滅
・教室の友だちの声
もしそれらすべてが、同じ大きさで耳に入ってきたら?
先生の「座ってください」は
その洪水の中のひとつに過ぎません
複数の音が混ざり合い、どの声を聞けばいいのか分からなくなります
これは「聞いていない」のではなく、
聞き分けられない状態なのかもしれません
②サングラスにガムテープを貼り、1ミリの隙間から文字を見る
レンズのほとんどを覆い隠して、両目それぞれ、違う位置に小さな隙間から文字を読んでみてください
全体が見えません、文脈をつかめません
・縦書きなのか横書きなのかも分からない
・大きな文字は、全体像が見えない
・一文字ずつ拾うしかない
・とにかく疲れる
これも、実際にそのように見えている、というわけではありません
でも、
情報処理にそれくらい時間がかかり、エネルギーを使っている子がいる
ということです
砂嵐越しに新聞を読んでいるようなものです
そんな時に、横から「なんで読めないの?」と言われたら?
この、たったふたつの体験だけでも
これほど脳が疲れる状態で毎日を過ごしていると
体感できると思います
よくある悩みの正体
■ 何度言っても伝わらない・わかってくれない
それは反抗やイヤイヤ期だけではないかもしれません
「トイレに行って、かばんを持って、くつを履いてね」
大人は一文として聞いています
でも、子どもにとっては
-
・トイレ
・かばん
・くつ
三つの“別々の課題”です
しかも、
今やっていることを止める
頭を切り替える
体を動かす
順番を覚えておく
これらを同時にやる必要があります
つまりこれは、
「理解力」や、「指示」の問題ではなく、
マルチタスクの要求となっている場合があります
優しく言ってもダメ
強く言ってもダメ
イライラして、最後は怒ってしまって、
そのあと自己嫌悪になる
そんなとき、ありませんか?
「うまくいかないのは、あなたのせいではありません」
「もちろん、子どもも、悪くありません」
ただ、
“容量オーバー” しているだけかもしれません
それが、拒否や無視の形で出ることがあります
動けないのは、反抗ではなく、
もう処理できない状態なのかもしれません
■ 家でだけ荒れる
園では頑張っている
空気を読んで、必死に合わせている
だからこそ、家では崩れます
大人で言えば、
初対面だらけ人と高度な会議を6時間続けたあと、
家に帰った瞬間にソファーに崩れる
そんな感覚に近いかもしれません
甘えているのではありません
安全だから、崩せるということです
「甘え」ではなく「解放」
そして、
家で荒れるということは、
家が安全基地だということの表れ
外で頑張ってきた証かもしれません
心理学的には
✔ マスキング(仮面適応)
✔ 社会的疲労
✔ 自律神経の過緊張後の反動
という言葉で説明されます
家で、その緊張の糸が切れてしまったら
まずは、
直すことではなく、回復させることです
・抱きしめる
・重みのあるブランケットを使う
・静かな空間をつくる
・ただそっとそばにいて見守るだけ
触覚刺激や圧迫刺激で落ち着く子もいます
身体感覚で予測を安定させているのです
■ すぐにパニックになる
・予定の変更
・突然の大きな音
・触られること
私たちにとって小さなことでも、
その子にとっては、強烈な負荷になることがあります
発達段階によって、時間の見通しを組み立てる力には個人差があります
だから切り替えは、
未来理解の問題ではなく、
喪失の問題です
今やっていることを奪われる
それが、パニックの正体であることもよくあります
「わがまま」ではなく、
失うことへの恐れなのかもしれません
変化そのものが怖いのではありません
予測が外れることが怖い
脳科学の分野では、脳は常に予測しながら働くと考えられています(予測符号化理論)
「こうなるはず」と予測し、そのズレを「予測誤差」と呼びます
予測のズレを強く感じやすい子は、
小さな変更でも不安が大きくなりやすいと言われています
ではどうするか
変化をなくすのではなく、
変化の “前後” を整えます
✔ 変わる前に短く伝える
✔ 変わったあと必ず戻る流れを作る
✔ パニック中は説明しない
✔ 落ち着いたあとに振り返る
大切なのは、
「変わっても戻れる」という経験です
それが、不確実性耐性を育てます
不確実性耐性とは、
変化に耐える根性ではありません
“予測が外れても立て直せる感覚” です
研究では、安心体験の積み重ねが、育ちに関係すると考えられています
言葉や認知が十分な子
言葉がある子は、一見「伝わっているように見える」ことがあります
でも実際には、
・気持ちを説明する語彙が足りない
・整理して話す力が未熟
・言語化より感情表現のほうが速い
だから、
「(さっき言ったよね)なんで?」と聞かれても、
答えられない
答えられないから、怒られる
怒られるから、さらに混乱する
結果、
黙るか、爆発するか、しか選択肢が残りません
ここで必要なのは、
理由の追及ではなく、状態の理解です
「なんで?」「どうして?」ではなく、
「困ってた?」のほうが、
扉は開きやすいです
(※大人ができるもう一つの選択については、こちらの記事でも詳しく書いています ▶︎「注意しないとダメ?」と思ったときに、大人ができるもう一つの選択)
言葉や認知がまだ育っていない子
言葉がまだ十分に育っていない子は、
困っていても、それを説明することができません
でも、
“困っていない”わけではありません
時間の見通しを組み立てる力がまだ十分に育っていない子にとっては、
「あと5分だよ」という言葉は、
安心材料にはならないことがあります
なぜなら、
その子にとって存在しているのは、
“今この瞬間”だけだからです
大人は、
・あと5分で終わる
・終わったら、次がある
・また明日もできる
と想像できます
でも、その力がまだ育っていない子にとって、
今やっていることが突然終わるのは、
「失われる」感覚に近いことがあります
そして、感じ取ったその不安を、
うまく言葉にできません
言えない
整理できない
助けを求められない
だから、行動に表れるのです
・泣く
・怒る
・寝転ぶ
・動かなくなる
それは反抗ではなく、
“混乱のサイン” かもしれません
時間の見通しを組み立てる力がまだ十分に育っていない子にとって、
大切なのは、
未来や状況を説明されることよりも、
今が予測できること
視覚的な手助けやスケジュール表が役に立つ子もいます
でもそれ以前に、必要なことは、
安心の繰り返しです
そして、もう一つ大切なのは、
「説明するための声かけ」ではなく、
「そばにいることを伝える声かけ」です
未来を理解させる言葉よりも、
今の気持ちに寄り添う言葉のほうが、
安心につながることがあります
・いつも同じ順番
・いつも同じ流れ
・いつも同じ人
「何が起きるのか分からない」という不安が減ると、
行動は落ち着きやすくなります
環境(脳が安心している状態)そのものが、見通しになります
もちろん、
「いつも同じ」が守れない日もあります
そのとき、パニックになることもあります
でもそれは、
支援が失敗したということではありません
大切なのは、
同じを守り続けることではなく、
同じが崩れたときに、
どう安心を取り戻すかです
「いつも同じ」は目的ではありません
本当の目的は、
“予測できる感覚” をつくることです
順番や人が同じなのは、
予測を助けるための “手段” に過ぎません
「変化のあとに戻れる力を育てること」
この経験が少しずつ積み重なると、
“変化=崩壊” ではなくなっていきます
最初はパニックになります
でも、
安心が土台にある子は、
少しずつ “揺れにくく” なっていきます
未来を理解できるから落ち着くのではありません
安心の記憶があるから、揺れても戻れるのです
(※以前のブログ→依存ではなく安心を育てる行動)
発達障害の原因は?
発達障害の原因は完全には解明されていませんが、脳機能の特性や遺伝的要因が関係していると考えられています
はっきりしているのは、
親の育て方が原因ではないということです
努力で消えるものではない
根性で治るなら、とっくに治っています
叱って治るなら、もう治っています
ここで誤解してほしくないのは、
「変われない」という意味ではないこと
特性は変わらなくても、環境(脳の安心)は変えられます
脳は、安心している状態のほうが
学習や対話が進みやすいとされています
つまり、
脳が “安心している状態のほうが”
行動は変わりやすい
行動が変わると、
評価が変わります
評価が変わると、
自己肯定感が変わります
今日からできる関わり方
ここからは、よくある悩みに対する具体的な関わり方です
👇 一度に一つの指示にする
同時に複数の指示を出すと、処理負荷が上がります
「まず~」これができたら、「次に~」のように段階的に伝えるだけでも安定感が出ます
👇 伝え方を変える
「あと5分で出かけるよ」よりも、
✔ 「靴を履いたら、車に乗ろうね」
✔ 「このおもちゃをここに置いたら、おやつだね」
というように、いきなり未来ではなく行動の区切り(終わり)で
見通しをつくるほうが伝わりやすくなります
時間よりも回数や個数など、
“目に見える区切り”のほうが、
予測しやすい子もいます
👇 身体感覚で安心をつくる
触覚刺激で落ち着く子には、身体感覚を利用した関わりが有効です
例えば、抱きしめたり、密着した姿勢で過ごすこと
これは単なる甘えではなく、
安心感そのものを体でつくる支援です
▶︎ この感覚的な関わりについては、Blue Birdの実践ブログにも詳しいヒントがあります→
👇 今一緒にいるというケア
言葉の説明より、「いまここ一緒にいる」ことで安心感を与えるのも有効です
この関わり方は、
支援の考え方全体にもつながります
「すぐ止めない」で見守る関わりという視点も参考になります→
Blue Birdの支援とは
できることを増やすことだけではありません
できないときに、どうするかを育てること
困ったときに、
正しくヘルプを出せるようになること
自分を知る力が、
その子を強くします
子どもを変えるより、
環境や方法を変えるほうが早いことがあります
発達障害とは、「できない」ではなく、
世の中にある今のやり方が合っていないだけかもしれません
よくある質問(FAQ)
発達障害は治りますか?
発達障害は病気ではないため、「治る」という概念ではありません
特性に合わせた支援によって、困りごとは軽減できます
大人になったらどうなりますか?
適切な支援と環境があれば、自分の特性を理解し、社会で活躍している方も多くいます
グレーゾーンとは何ですか?
診断基準には満たないが、特性による困りごとがある状態を指すことがあります
最後に
・発達障害という言葉が、わからなくてもいい
・診断名を完璧に理解できなくてもいい
・その子が楽しそうに通っていること
・外でお迎えを待っていること
・帰ってきたときの顔
それが、ひとつの答えです
理解は、言葉から始まるとは限りません
姿や表情から始まることもあります
もしこの記事を読んで、
「読んでほしい人」の顔が浮かんだなら、
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できることを増やすことも大切
でも、
困ったときにどうするか
助けを出せるようになること
そこまで育てることが、本当の支援だと、私たちは考えています
未来を見据えて、今に手を差し伸べる
子どものペースで、確かな未来へ
✍ 編集後記
本記事は、児童発達支援の現場での経験と、発達科学・神経科学の研究知見をもとに構成しています
最後までお読みいただき、ありがとうございました
ここまで、発達障害とは何か、子どもはどんな世界を見ているのか、予測や安心の話まで、少し理屈っぽく書いてきました
でも、正直に言うと——
結局のところ、特別な技術ではありません
その子を見て、その子が快適な状態にする
ただ、それだけです
安全で、安心できて、少しほっとできる
その状態が整えば、子どもは本来持っている力を自然と使いはじめます
叱る前に整える
教える前に「安心をつくる」
とてもシンプルなことです
けれど、それを本気でやろうとすると、
人は理論を学びたくなる
なぜ荒れるのか
なぜ伝わらないのか
なぜ予測できないと不安になるのか
知りたくなるのは、「正しく寄り添いたい」からです
理論は目的ではありません
その子を、ちゃんと見るための道具です
今日もまた、目の前のその子を見て、
その子にとって少しでも快適な時間を整えていけたらと思います
🔹おすすめリンク
「できないときにどうするか」の考え方の接点
■実行機能理論
「何度言ってもできない」のは、理解力の問題ではなく、
“実行機能”と呼ばれる脳の調整力の課題かもしれません
実行機能とは、
・頭を切り替える
・順番を覚えておく
・衝動を抑える
などの“脳の交通整理役”のような働きです
発達科学の分野では、この力が子どもの行動安定に深く関係していると考えられています
▶︎ 実行機能について詳しく知りたい方はこちら
Harvard Center on the Developing Child
“Executive Function & Self-Regulation”
「予測できる感覚をつくる」の考え方の接点
■予測符号化理論
脳は常に「次に何が起こるか」を予測しながら働いています
その予測が大きく外れると、不安や混乱が強くなります
これを脳科学では「予測誤差」と呼びます
変化が怖いのではなく、
予測が外れることが怖い
その視点から子どもの行動を見ると、
「わがまま」に見えていたものが、
“ズレへの不安”に見えてきます
▶︎ 予測符号化理論について詳しく知りたい方は、こちら
「揺れても戻れる力」の考え方の接点
■不確実性耐性
「変化に弱い」のではなく、
“不確実さ”に強いストレスを感じやすい可能性があります
研究では、これを「不確実性耐性」と呼びます
これは根性論ではなく、
安心の積み重ねで育つものだと考えられています
▶︎ 不確実性耐性について詳しく知りたい方は、こちら
「まず今を安全にする」の考え方の接点
■ポリヴェーガル理論
人の脳は、
「安全」だと感じているときにしか、
学習も対話もスムーズに進みません
この仕組みを説明したのが「ポリヴェーガル理論」です
叱る前に整える
教える前に落ち着かせる
それは甘やかしではなく、
神経の仕組みに沿った関わり方です
▶︎ ポリヴェーガル理論について詳しく知りたい方は、こちら
