INTRODUCTION|答えを持つより、考え続ける人でありたい
──子どもの「なんで?」を、急いで片づけてしまわないために
いつか必ず、
答えに詰まる瞬間がやってきます
その問いに対する答えは、
言葉そのものよりも、
そのときの大人の在り方なのかもしれません
その瞬間のために、
私たち大人は、
何を考え続けていればいいのでしょうか
「どうしてダメなの?」
「なんで僕だけ?」
「ズルいってなに?」
「ウソって、全部いけないの?」
子どもの問いに出会ったとき、
私が頭の中でしていた回り道を、
そのまま差し出してみる試みです
正解を決めるためではなく、
立ち止まって考えるためのものです
読み進める中で違和感を覚えた方がいたら、
それ自体も、大切な感覚だと思っています
そんな途中経過を、
章ごとに並べていきます
Chapter 1|権利
「わがまま」を言う権利は、ないのか?
ブルバ
代表……おつかれさまです
もう……今日は……
へとへとです……
代表
お、どうした?
ブルバ
朝から、
「それ、ぼくの!」
「まだ使ってた!」
「次って言った!」
「なんで〇〇くんだけ?」
「昨日はよかったじゃん!」
最初は軽い感じのなんですけど、
だんだん声も大きくなって、
顔もこわばってきて……
代表
うん
権利主張オンパレードだね
しかも、だんだん“力”がこもってくるやつ
ブルバ
そうなんです
最初はお願いっぽいのに、
通らないと分かると、
だだをこねて、不機嫌になって
正直、途中で
「それ、わがままでしょ……」
って言いそうになりました
代表
で、ブルバはどう思った?
ブルバ
……うーん
「わがまま」で片づけるには、
ちょっと違う気がして
だってみんな、
理由があるんですよ
「先に使ってた」とか
「ちゃんと待ってた」とか
「急にルール変わった」
言い方は荒いけど、
中身は、だんだん整理されてきてる感じもあって……
代表
あー。それね。
子どもが、
小さな法律家やってるんだと思う
子どもは、知らないうちに「権利」を使っている!?
当然、子どもたちは、
「権利」という言葉を知りません
でも、
自分のもの
自分の順番
昨日の約束
そういうものが、
守られたり、守られなかったりする中で、
少しずつ「こういう時どうなるのか」
世界の手触りを知っていきます
最初は、
「イヤだ!」
「ダメ!」
「ずるい!」
とても雑で、
感情がそのまま飛び出した言葉です
でも時間がたつと、
「ぼく、まだ使ってた」
「さっき〇〇くんが先って言った」
「前はいいって言ったよね」
……と、
自分なりの筋道を、
言葉にし始めます
まるで、
経験を積んで強くなっていく、
法律家さんのように
おもちゃの取り合い
同じおもちゃを、
どちらも離さない
-
泣く
引っ張る
大人をチラリと見る
ここで起きているのは、お決まりの
「仲良くできない問題」ではありません
これ、
きっと家庭でも、
あるあるの光景ですよね
片方の子は、
「まだ使っている」と言います
もう片方の子は、
「もういいでしょ」と言います
これは、
それぞれが「正しい」と信じている
れっきとした権利の話です
お互いの話は、
少し、ズレています
一人は、時間の話をしていて、
もう一人は、順番の話をしています
きょうだいがいれば、
なおさら起こりやすい光景です
どちらも、
自分なりの筋道がしっかりあります
「まだ使っている」
「次は自分の番だ」
ここでぶつかっているのは、
わがままとわがままではありません
その子なりの、権利です
それぞれが持っている
「正しいと思っている基準」が、
たまたま噛み合っていないだけ
もちろん、
ずっと独占していいわけではありません
でも、
その事実がどう扱われ、
大人が何を基準に判断したのかは、
子どもにとって、とても大きな意味を持ちます
なぜなら、ここで子どもは、
-
・自分の考えは、どんなときに聞いてもらえるのか
-
・どんな基準で判断されるのか
世界のルールを、
少しずつ覚えていくからです
「声の大きい方が勝つ世界」には、したくありません
順番
こんな光景の中にも、
当たり前のように「権利」は入り込んいます
「次はだれ?」
「まだ?」
「なんで〇〇くん先なの?」
順番は、
子どもたちにとって、とても切実です
なぜならそこには、
-
ずっと待っていた時間
我慢してきた気持ち
前に、どう扱われたかの記憶
そういったものが、
子どもの中で、
いくつも重なっているからです
順番は、
単なるルールではありません
それは、
「自分は、ちゃんと数えられているか」
という問いでもあります
自分の存在は、
ここに含まれているのか
それとも、後回しにされていないか
だからこそ、
「なんで〇〇くん先なの?」という言葉には、
不満だけでなく、
-
置いていかれそうな不安や
ちゃんと見てもらえているのかという
小さなせつなさも、混じっています
切り替え
「今日だけ」
「今は時間がないから」
大人にとっては、
その場その場の、
現実的な判断です
でも子どもは、こう感じます
え?
なんで?
昨日はよかったのに?
この「なんで?」は、
反抗ではありません
納得したいという、
ごく自然な欲求です
たとえば、こんな場面
遊びや動画は、もうおしまい
おやつやジュース、今日はこれだけ
子どもは、
「もっとやりたい」
「もっとほしい」 と思う
一方で大人は、
時間や健康、
その先の生活まで考えて判断しています
ここで起きているのは、
正しさの押し付け合いではありません
大人と子どもが、
それぞれ違う基準を持っているという事実です
-
量で決めることもあれば
回数で決めることもある
ときには、
今日はダメでも、明日はいいこともある
それが、いつも同じとは限りません
その揺らぎの中で、
子どもは少しずつ、
-
どんな理由があって
どんな基準で決まっていて
自分の気持ちは、どう扱われたのか
を、体で覚えていきます
成長がにじむ一瞬
ある日、
また同じ場面がやって来ます
遊びや動画は、もうおしまい
おやつやジュース、今日はこれだけ
子どもは、やっぱり思う
もっとやりたい
もっとほしい
でも、出てくる言葉は少し違います
泣きながらでも、怒りながらでもなく、
理由を確かめるみたいに
……なんで?
不満そうな顔のまま、
おもちゃやタブレットを置きます
それは、
ごはんの時間だと「理解できた」からでも、
「我慢できる」からでもありません
ただ、これまでのやりとりの中で、
-
気持ちが消されなかったこと
理由があったこと
それを、
またひとつ、
体に残していただけです
成長は、分かるようになることではなく、
納得できなくても、
世界と関係を切らずにいられるようになること
通らない経験も、権利の一部
正直に言います
子どもの主張は、
いつも全部が通るわけではありません
-
安全の問題があるとき
数や時間に限りがあるとき
その場でできる最善が、他にあるとき
それは、
大人が勝手に決めているのではなく、
現実の中で必要な判断でもあります
だから、
「通さなかった」こと自体が、
間違いというわけではありません
それでも、
ここで迷ってしまう人は、
子どもの気持ちを、
簡単な正解で片づけない人なのだと思います
肝心なのは、ここです
-
子どもが言ったことが、
なかったことにされていないか -
なぜなのか、
理由が伝えられているか -
また次に、
考えなおせる余白が残されているか
権利とは、
誰かに勝つためのものでも、
取り合って手に入れるものでもありません
そして、
一度通ったからといって、
ずっと保証され続けるものでもありません
だからこそ、
-
言ってみる
通らないことがある
理由を知る
考え直す
この行き来そのものが、
子どもが権利を学んでいくプロセスなのだと思います
ブルバ
……なるほど
今日のあれ、
権利を試してる最中だったんですね
代表
そうだね
うまくいったかどうかより、
積み重なっていく経験っていうのかな
今回取り上げた「権利」
この単語だけでは、
道徳を理解することはできません
ただ、
子どもたちと日々過ごしていると、
少しずつ見えてくるものがあります
どれだけ説明しても、
言い尽くせない何かが残る
どんなに丁寧でも、
子どもが完全に納得するとは限らない
「それでいい」
そう思っています
なぜなら、
道徳は、権利という視点だけでは語れないからです
たいていは、
純粋な好奇心から生まれる
「なんで?」を投げかけてくる子どもたちとの
やり取りに、終わりはありません
正解にたどり着いた実感を、
私たちが持つことも、
たぶん、ないのでしょう
それでも子どもたちは、
日常の中で少しずつ、
世界との折り合いを覚えていきます
私たち大人は、
いつ、どうやって
それを体得してきたのでしょうかそして、いつから
問いを急いで片づける術を、
身につけたのでしょうか
この連載は、
日常に溢れている問いに対して、
答えを教えるためのものではありません
支援の中で。
家庭で。
子どもたちが大切にしている
「不思議」や「驚き」を、
うっかり潰してしまわないための話を、
書いていきます
正しさよりも
速さよりも
立ち止まることを、大切にしていきたい
次回予告!
その先に立ちはだかるのが、
平等という、
また別のやっかいなテーマです
Chapter 2|復讐
──「やられたらやり返す」は平等か?
また一緒に、
考え続けていきましょう