速さは、本当に価値なのか|児童発達支援の現場から見える、これからの社会

速さは、本当に価値なのか
――子どもたちの「できない」と、これからの社会

「合理化」や「効率化」という言葉
この国は、人が減っていくからこそ、
”無駄を減らし、仕組みを整えていく必要がある”
それ自体は、きっと間違っていません

けれど、そんな言葉を聞くたびに、
ひとつの疑問が頭に浮かびます

それは、いったい誰のためのものなのか


社会の多くの仕組みは、
「平均的な人」を基準につくられています

 物事をある程度の速さで、理解できる人
 説明を聞けば、すぐに判断できる人
 環境が変わっても、柔軟に対応できる人

けれど、人はそもそも、
“平均”では生きていません

このまま少子高齢化が進めば、

  •  判断に時間がかかる人
     新しい仕組みを覚えにくい人
     急な変化に弱い人

は、これから確実に増えていきます

つまり、社会全体が
発達に遅れのある「子どもたちの特性に近づいていく」ということです

皮肉なことに、
それでもこの国は、
ますます「速さ」や「自己判断」を前提に
最も「ゆっくりさ」を必要とする人が増える時代に、
社会はさらにスピードを上げています


正直に言うと、
私自身も、少しずつ、
社会の変化に追いつけていないと感じることがあります

そんなとき、
「ああ、自分も“遅くなる側”に近づいているんだな」
と感じる瞬間があります

今はスマートフォンを使いこなし、
素早く判断できる大人でも、
年齢を重ねれば、
誰もが必ず「遅くなる側」に回ります

これは遠い未来の話ではありません


児童発達支援の現場で、
私たちが毎日向き合っている子どもたちは、
ある意味で、未来の社会の姿を先取りしています

 切り替えられない
 言葉で説明されても理解できない
 ルールが急に変わると混乱する

そうした姿は、
決して特別なものではありません

子どもたちの世界で起きていることは、
高齢化が進むこれからの社会の中で、
きっと多くの人に起きていくことでしょう

そう考えると、
児童発達支援の現場は、
未来の社会課題の縮図とも言えるのかもしれませんね


私たちが日々行っている支援は、
決して効率的とは言えません

  •  待つ
     繰り返す
     その子のペースに合わせる

という一見「非効率」な支援を続けています

でも、これこそが、
これからの社会に必要とされる
関わり方なのではないかと感じています

「速さ」だけを基準にした社会では、
多くの人が、いずれ取り残されてしまいます

合理化や効率化そのものが
悪いわけではありません

けれど、
「速さ」だけを価値にしてしまったとき、
その社会は、
本当に人にやさしいと言えるのでしょうか


Blue Birdでは、
子どもたちの「できないとき」を
とても大切にしています

 うまくできないとき
 理解が追いつかないとき
 気持ちが整わないとき

その瞬間を、
「早くできるようにさせるべき問題」としてではなく、
その子の生き方を知る手がかりとして見ています

子どもへの支援は、
単に目の前の課題を解決するためだけのものではありません

それは同時に、
これからの社会で、
人と人がどう関わっていくべきかを考える
小さな実験をしているのだと感じています

→Blue Birdの支援の考え方については、こちらの記事でも触れています


少子化が進み、
高齢者が増えていく社会の中で、
効率や合理性は、ますます求められていくでしょう

けれど、
 その速さについていけなくなる日が、
 誰にでも、いずれやってきます

今は問題なく生活できていても、
いつか「難しい」と感じる日が来るかもしれません

そう考えると、
子どもたちの「できない姿」は、
決して遠い未来の話ではなく、
私たち自身の未来の姿なのかもしれません

だからこそ、
その姿にどう関わるのかは、
社会のあり方そのものに関わる問いなのだと思っています

児童発達支援の現場で行われている、
待つこと、寄り添うこと、繰り返し伝えること

一見すると非効率に見えるその関わり方が、
これからの社会を支える
いちばん確かな希望になるのではないか

そんなことを、
子どもたちの姿を通して、
日々考え続けています