
お盆になると、
久しぶりに家族に会ったり、
昔の写真を見たり、
子どものころの話を聞いたりすることがあります
「小さいころ、こんな子だったよ」
「これが大好きだったよね」
「よくここへ遊びに行ったね」
本人は覚えていなくても、
誰かが覚えている
そんな話を聞きながら、
人は、自分が歩いてきた時間を
少しずつ知っていくのかもしれません
そして、ふと思いました
家族の記憶って、
どうやってつくられていくのでしょう
今日は少し、
子どもと家族と、
私たち福祉に携わる人間の役割について、
考えてみたいと思います
子どもが生まれると、生活の主語が変わる
子どもが生まれると、
生活は大きく変わります
食事の時間
眠る時間
出かける場所
休日の過ごし方
働き方
お金の使い方
それまで自分を中心に考えていたことの多くが、
「子どもにとってどうか」
へ変わっていきます
特に、子育てに大変さを感じている家庭では、
その変化はもっと大きいかもしれません
外出するだけでも大変
人の多い場所には行きづらい
食べられるものが限られている
予定が変わると混乱してしまう
周囲の目が気になる
気がつけば、
好きだったことをやめ、
友人と会うことも減り、
行きたかった場所にも行かなくなっている
そんなこともあります
もちろん、
子どものために生活を変えることは、
決して悪いことではありません
でも、ときどき思うのです
親になるということは、
自分の人生を小さくすることなのでしょうか
子どものために用意された場所だけが、子どもの世界ではない
公園
児童館
子育てイベント
習い事
療育
子どものためにつくられた場所は、
たくさんあります
そこにはもちろん、大切な経験があります
でも、
子どもが育つ場所は、
それだけではありません
お父さんが好きな釣り
お母さんが好きなカフェ
家族で行くキャンプ
昔から応援しているスポーツチーム、
こだわりの車やバイク、
音楽、映画、料理、旅行
そして、
親の友人たちとの時間
そんな、
「子どものためにつくられたわけではない世界」
の中にも、
子どもが学ぶことはたくさんあります
親が楽しそうにしている姿
私自身、以前バンドをやっていたこともあって、
今でも音楽を続けている友人たちがいます
そこに足を運ぶこともたくさんあります
その中には、
自分の子どもをライブへ連れてくる人もいます
ステージに立つ親
それを見ている子ども
昔からの仲間たちが集まり、
笑って、話し。好きな音楽をやっている
そんな光景を見ることがあります
その時間が、
とてもまぶしく見えることがあります
子どもが音楽を好きになるかどうかは、
分かりません
将来バンドをやる必要もありません
でも、その子はそこで、
音楽以外のものも、
たくさん見ているのだと思います
いつもの「お父さん」や「お母さん」が、
誰かから名前で呼ばれている
友達と笑っている
夢中になっている
失敗して笑っている
何かを心から楽しんでいる
そこには、
家では見ることのできない
親の姿があります
そして子どもは、
少しずつ知っていくのかもしれません
お父さんも、お母さんも、
「親」である前に、一人の人なんだ
ということを
「大人になるって、楽しそうだ」
私たちは子どもに、
お友だちを大切にしよう
好きなことを見つけよう
夢中になれるものを持とう
人とのつながりを大切にしよう
そんなことを伝えます
でも、
それを言葉で教えるより、
大人が実際にそうやって生きている姿を見せる方が、
ずっと伝わることがあるのかもしれません
友だちと笑い合う
好きなことに夢中になる
新しいことを始める
失敗する
またやってみる
誰かを応援する
誰かに助けてもらう
そんな大人たちを見ながら、
子どもが、
「大人になるって、なんだか楽しそうだな」
と思えたなら
それもまた、
子どもに渡せる
「大切なもの」なのではないでしょうか
福祉サービスが増えた、その先で
ここからは、
少し福祉の話をしたいと思います
この十数年で、
児童発達支援や放課後等デイサービスなど、
子どもと家族を支える福祉サービスは大きく広がりました
必要な支援につながれる家庭が増えたこと
家族だけでは抱えきれない困りごとを、
社会全体で支えられるようになってきたこと
これは、とても大切な変化です
子育ては、
家族だけで背負うものではありません
誰かに頼っていい
休んでもいい
専門職の力を借りてもいい
福祉サービスには、
そのための役割もあります
一方で、
サービスが増えた今だからこそ、
私たち事業者が考えなければならないこともあります
それは、
「預かること」だけで、
家族を支えたことになるのだろうか
ということです
支援者だけが、その子を知っていても意味がない
事業所では落ち着いて過ごせる
スタッフなら対応できる
困ったときの方法も、
専門職は知っている
もちろん、
それは大切なことです
でも、
支援者だけがその子を理解していて、
家族が、
「家ではどうしたらいいのか分からない」
「この子が何を考えているのか分からない」
となってしまったら
私たちは、
本当に家族を支援したことになるのでしょうか
私たち専門職が持っているものは、
事業所の中だけに置いておくためのものではないと思っています
「こういうとき、この子は苦しいのかもしれません」
「今日は、こんな方法ならうまくいきました」
「こんなふうに伝えてくれました」
「もしかすると、こういうことが好きなのかもしれません」
それを家族へ返していく
家庭でもやってみる、
うまくいかない、
また一緒に考える、
少し分かる
また違うことで困る
そしてまた、
一緒に考える
その繰り返しの中で、
家族の中にも、
「この子は、こういう人なんだ」
という理解が少しずつ積み重なっていく
そこまで含めて、
児童発達支援なのだと思います
家族の代わりになるのではなく
子どもは、
いつまでも子どもの福祉サービスを使うわけではありません
成長すれば、
園や学校を卒業します
制度も変わります
使えるサービスも変わります
関わる支援者も変わっていきます
18歳、20歳、
その先にも、
その子の人生は続いていきます
だからこそ、
小さいころから、
家族と一緒に困ること
家族と一緒に考えること
家族と一緒に乗り越えること
その経験そのものを、
福祉が奪ってはいけないと思うのです
私たちは、
家族の代わりになるためにいるのではありません
家族が、その子と一緒に生きていけるようにするためにいる
そうありたいと思っています
休むことと、一緒に生きること
もちろん、
親にも休息は必要です
子どもと少し離れることで、
ようやく息をつける日もあります
誰かに任せることで、
守られるものもあります
だから、
「親なのだから自分で見なければならない」
と言いたいわけではありません
むしろ逆です
子育てを、
家族だけに背負わせてはいけないでも同時に、
福祉が家族から、
子育てそのものを奪ってもいけない
私たちが目指したいのは、
その間にある支援です
疲れたら休める、
困ったら頼れる、
分からなければ、一緒に考えられる
そして少し元気になったら、
また子どもと一緒に出かけてみる
そんな循環をつくること
子育てを、家族だけに背負わせない
でも、家族から奪わない
それが、
私たちの考える家族支援です
あなたの好きな場所へ、子どもを連れていってほしい
だから、
お父さん、お母さんには、
自分の好きなことも、
できるだけ大切にしてほしいと思っています
趣味を続けてほしい
友だちにも会ってほしい
好きな場所へ行ってほしい
そして、
できるならときどき、
そこへ子どもも
連れていってみてほしいと思います
もちろん、
すべての場所へ連れていけるわけではありません
子どもが小さいうちは、
そんな余裕なんてないこともあります
その子によっては、
音や人混みが苦しいこともあります
「子どもと一緒に楽しもう」と言われても、
今はそれどころじゃない
そんな時期があることも、
私たちは知っています
うまくいかないこともある、
途中で帰る日だってあるでしょう
それでいいと思います
「今日は無理だったね」
「じゃあ、次はどうしようか」
それもまた、
家族が一緒に生きていく経験です
親子で同じ趣味を持たなければならない、
ということでもありません
子どものために、
無理をして何かを経験させる必要もありません
ただ、
親になったことで、
自分が好きだったものまで、
なくさないでほしい
そう思っています
今はできなくても、
「いつか、またやりたいな」
と思っているだけでもいい
誰かに子どもをお願いして、
一人で楽しむ日があってもいい
友達と会う日があってもいい
そして、
もし子どもと一緒に楽しめそうなものがあったら、
少しだけ、
その世界を見せてみる
家で好きな音楽を流してみる
一緒に料理をしてみる
テレビでスポーツを観る
近所を散歩する
好きな店の前まで行ってみる
そんな小さなことでもいいと思います
親の好きな世界に、
子どもが少し入る
子どもの好きな世界に、
親も少し入ってみる
できる範囲で、
お互いの世界が
少しずつ重なっていく
その時間が、
いつか家族の記憶になっていくのかもしれません
いつか、思い出になる
今は大変なことも、
いつか、
家族の中の笑い話になる日が来ます
「あのライブ、すごくうるさかったよね」
「あそこに行くと、いつも途中で帰ってたね」
「毎年ここに来てたよね」
「あのころ、こればっかり食べてたね」
そんな話をしながら、
笑える日が来るかもしれません
本人が忘れていても、
誰かが覚えている
誰かが、
「あなたは、こういう子だったよ」
と話してくれる
その記憶は、
園や学校を卒業しても、
制度が変わっても、
支援者が変わっても、
家族の中に残ります
福祉が残すべきものも、
もしかすると、
サービスを利用した時間そのものではなく、
その家族が、一緒に生きてきた時間なのかもしれません
お盆に、家族のことを考える
家族には、
いろいろな形があります
一緒に暮らしている家族もいれば、
離れて暮らしている家族もいる
血のつながりだけが、
家族でもありません
そして、
家族だからといって、
いつも仲良くいられるわけでもありません
それでも、
誰かと一緒に過ごした時間や、
誰かが覚えていてくれる自分の姿は、
その人の人生の一部になっていきます
だから私たちは、
子どもだけを見るのではなく、
その子と一緒に生きていく人たちのことも、
大切にしたいと思っています
親になっても、
自分の人生を楽しんでいい
疲れたら、
誰かに頼っていい
そしてまた、
子どもと一緒に笑ったり、
困ったり、出かけたり、
失敗したりしながら、
一緒に生きていく
その積み重ねが、
いつか、
その家族だけの記憶になる
家族支援とは、
家族を楽にすることだけではなく、
家族が、家族でいる時間を豊かにすること
そんなことを、
お盆を迎えるこの時期に、
改めて考えています