逆転スペクトル Chapter10 多様性 —— 違うままで、一緒にいられるのか

INTRODUCTION

前回は、「他者」について考えました

 自分とは違う考え方をする人。
 自分とは違う感じ方をする人。
 こちらが「こうだろう」と思っていることを、
 まったく違うように受け取る人。

どれだけ相手を理解しようとしても、
相手の世界をすべて知ることはできません

分かり合えないからといって、
関わらずに生きることもできません

家族、友人、学校、職場、地域。

考え方も、立場も、経験も違う人たちと、
それでも、私たちは誰かと一緒に生きています

では、「多様性がある」というのは、
ただ「いろいろな人がいる」ということなのでしょうか

それとも、

違うままでも、一緒にいられること

なのでしょうか

今回は、一つの身近な「話し合い」を入り口に、
「多様性 —— 違うままで、一緒にいられるのか」
について考えてみたいと思います


逆転スペクトル Chapter10

多様性 —— 違うままで、一緒にいられるのか


最後は多数決なのに、どうして話し合うの?

ブルバ
「代表、話し合いって、何のためにするんですか?」

代表
「どうした?」

ブルバ
「今日、みんなで何をして遊ぶか話し合ったんです」

代表
「うん。それで?」

ブルバ
「サッカーがいい人と、鬼ごっこがいい人と、部屋で遊びたい人がいて」
「話しても決まらなかったから、最後は多数決でサッカーになりました」

代表
「そっか」

ブルバ
「だったら、最初から多数決でよかったんじゃないですか?」

代表
「どうして?」

ブルバ
「だって、話しても、結局は人数の多いほうに決まったから」

私たちは、
何かを決めるために話し合います

どこへ行くのか、何をするのか、
どんな方法で進めるのか

限られた時間の中で、
一つの答えを出さなければならないことがあります

それなら、

 最初から多数決で決めたほうが早い

 立場のある人が、「こうしましょう」と決めたほうが早い

そう考えることもできます

実際、仕事でも生活でも、
すべての人が納得するまで話し合いを続けることはできません

では、

話し合いは、答えを決めるためだけにあるのでしょうか


意見の後ろにあるもの

代表
「サッカーがしたい人は、どうしてサッカーがよかったの?」

ブルバ
「好きだからじゃないですか?」

代表
「聞いてみた?」

ブルバ
「……聞いてません」

代表
「鬼ごっこがしたい人は?」

ブルバ
「それも、聞いてません」

代表
「部屋で遊びたい人は?」

ブルバ
「その子は、外は暑いから嫌だって」

代表
「そっか。じゃあ、その子は遊びたくなかったのかな」

ブルバ
「遊びたくないんじゃなくて、外が嫌だっただけかも」

意見には、その人が選んだ「答え」だけが表れます

 ・サッカーがしたい
 ・鬼ごっこがしたい
 ・部屋で遊びたい

でも、その答えの後ろには、
まだ言葉になっていないものがあります

 昨日できなかった続きをしたい

 サッカーは苦手だけれど、
 みんなとならやりたい

 暑い場所にいると、体調が悪くなる

 何でもいいけれど、
 あの子と遊びたい

同じ意見でも、
そこに至った理由は違うかもしれません

違う意見でも、
大切にしているものは同じかもしれません

私たちは、誰かの意見を聞いたとき、

「賛成」

「反対」

と、その言葉を分けたくなります

でも、
相手の言葉は、その人が見ている世界の一部です

その意見が正しいかを考える前に、

「どうして、そう思ったの?」

と聞いてみる

そこから見えてくるものがあります


対話は、意見を戦わせること?

ブルバ
「じゃあ、みんなに理由を説明してもらえばいいんですね」

代表
「説明してもらって、どうするの?」

ブルバ
「どの意見が一番正しいか決めます」

代表
「正しい意見を決めるために聞くの?」

ブルバ
「話し合いって、そういうものじゃないんですか?」

代表
「ブルバは、相手が話している間、何をしてる?」

ブルバ
「話し終わったらすぐに答えられるように、次に何を言うか考えてます」

代表
「それは、相手の話を聞いているのかな?」

ブルバ
「聞いてますよ。聞きながら考えてます」

代表
「相手がなぜそう思ったのかを? それとも、自分の返事を?」

ブルバ
「……自分の返事です」

代表
「じゃあ、相手が何を伝えようとしていたかは?」

ブルバ
「……そこまでは、聞けてなかったかも」

もちろん、話し合いでは、
自分の考えを伝えることが求められます

理由を説明し、相手に分かってもらい、
ときには、自分の案を選んでもらう

それも、話し合いの一つです

でも、

自分の意見を通すことだけが目的になると、
相手が話している間にも、私たちは反論を探し始めます

 どこが違うのか
 何と答えればよいのか
 どうすれば納得してもらえるのか

相手の言葉を聞きながら、
自分の次の言葉を考えています

議論やディベートでは、
どちらの主張に説得力があるかを比べることがあります

一方で、対話には、

自分には見えていないものを、相手は見ているかもしれない

という前提があります

相手の意見に賛成することと、
相手の意見を理解しようとすることは、同じではありません

「なるほど。そこが気になっていたんだ」

そう受け取ったからといって、
相手の意見に従わなければならないわけでもありません

すぐに賛成も反対もせず、
相手がどこからその考えにたどり着いたのかを知ろうとする

対話とは、

誰が正しいか、何が正しいかを決める前に、
お互いが見ているものを持ち寄ることなのかもしれません


全員の意見を聞けば、多様性?

ブルバ
「じゃあ、全員の意見を聞いて、全員のやりたいことをすればいいんですね」

代表
「……全部できるかな?」

ブルバ
「サッカーをして、鬼ごっこをして、部屋でも遊ぶ」

代表
「時間は足りる?」

ブルバ
「足りないかも」

代表
「じゃあ、どうする?」

ブルバ
「やっぱり、どれかに決めないといけない」

代表
「そうだね」

多様性を大切にするというと、

誰もが排除されず、
自分らしく生きられる社会を思い浮かべます

でも、

誰も排除しないことと、
すべての意見を同じように採用することは、同じではありません

仕事にも生活にも、決めなければならない場面があります

時間には限りがあり、
使えるものにも限りがあります

誰かの意見を選べば、
選ばれない意見もあります

だから、

全員の意見を聞くことと、
全員の希望をかなえることは同じではありません

大切なのは、

「意見を言ってもよい」と伝えることだけでもありません

 違う意見を言うと、面倒な人だと思われる
 質問すると、そんなことも分からないのかと思われる
 断ると、やる気がないと受け取られる
 困っていると伝えると、次から仕事を任せてもらえなくなる

そんな場所では、
人はそこにいても、少しずつ違いを見せなくなります

 意見がないのではなく、
 言えないだけかもしれない

 納得したのではなく、
 諦めただけかもしれない

これは、子どもたちの話し合いだけではありません

社長と社員
マネージャーとプレーヤー
ベテランと若手
支援者と保護者

立場や経験が違えば、
同じ言葉でも、届き方が変わることがあります

何気ない提案が、
相手には指示や決定事項として届くこともあります

言った側に命令するつもりはなくても、
受け取る側には、断りにくさがあります

多様性とは、
違う人が集まっていることだけではなく、

違う意見を言ったあとも、
その人がそこにいられること

なのかもしれません


違いによって、問いが変わる

代表
「最初は、何を決めようとしてたんだっけ?」

ブルバ
「何をして遊ぶかです」

代表
「今は?」

ブルバ
「……どうしたら、みんなで遊べるか?」

代表
「問いが変わったね」

ブルバ
「答えを決めようとしてたのに」

代表
「みんなの話を聞いたからじゃない?」

最初にあったのは、

「どの遊びにするか」

という問いでした

だから、

 サッカー
 鬼ごっこ
 室内遊び

という三つの答えの中から、
一つを選ぼうとしていました

でも、

それぞれの意見の背景を聞くと、

「どうしたら、みんなが参加できるだろう」

という別の問いが見えてきます

 午前と午後で遊びを変える
 暑さが落ち着いてから外へ出る
 サッカーではなく、ボールを使った別の遊びを考える
 今日はどれか一つに決めて、次は別の意見を選ぶ

新しい問いが生まれることで、
最初にはなかった答えが見つかることがあります

もちろん、

いつも新しい方法が見つかるとは限りません

話しても、意見が一致しないことがあります

どうしても、
どれか一つに決めなければならないこともあります

それでも、

 なぜ、その意見になったのか
 何を大切にしているのか
 何に困っているのか

それを知る前と、知ったあとでは、
同じ結論でも、その意味は少し変わります

違いは、必ずしもなくす必要はありません

違いがあるからこそ、
一人では見えなかったものが見えることがあります


一緒に考えても、間違える

ブルバ
「じゃあ、みんなの話を聞けば、正しい答えが見つかりますね」

代表
「そうとは限らないよ」

ブルバ
「え?」

代表
「みんなで考えても、間違えることはあるからね」

ブルバ
「それなら、話し合う意味ってあるんですか?」

代表
「間違えたあとにも、また話し合えるんじゃない?」

 対話をすれば、必ず正しい答えにたどり着ける

 みんなで考えれば、きっとよい判断ができる

とは限りません

対話には、限界もあります

話し合う意思のない相手もいます

対話だけでは、止められない暴力もあります

だから、

「話せば分かる」と簡単に言うことはできません

対話は、
どんな問題も解決できる方法ではありません

対話の中でも、私たちは勘違いをします
大切なものを見落としたり、
相手の言葉を、違う意味で受け取ったりすることもあります

それでも、

言葉を交わせる関係なら、
ずれに気づいたあとに、もう一度確かめ合うことができます

 「私は、こう受け取りました」
 「そういうつもりではなかった」

そこで終わるのではなく、

 「そう届いたのなら、言い直します」

と言えること

対話とは、
一度で正しく伝えるための技術だけではありません

うまくいかなかったときに、

 そこで関係を終わらせず、
 もう一度、相手と向き合うこと
 決めたあとも、違っていたなら見直すこと
 分かり合えないからこそ、確認する
 分からないからこそ、決めつけない

そんな関わりを、何度も続けていくことなのかもしれません


違うままでも、一緒に考えられる

ブルバ
「話し合っても、同じ意見にならないこともあるんですよね」

代表
「あるね」

ブルバ
「それでも、話すんですか?」

代表
「違う人には、自分に見えていないものが見えているかもしれないからね」

多様性という言葉を聞くと、
遠い社会の話に感じることがあります

 年齢や性別、国籍、価値観や文化、生き方や働き方

 「シニア世代」と「若者世代」
 「多数派」と「少数派」

違いに名前をつけることで、
私たちは複雑な社会を理解しやすくなります

でも、

名前をつけただけで、
その人を理解したことにはなりません

同じ世代でも、考え方は違う

違う世代でも、
大切にしているものが重なることがあります

だからこそ、

目の前の人が何を見て、
なぜそう考えたのかを知ろうとする

対話する力とは、
自分の考えをうまく伝える力だけではありません

相手の背景を知ろうとし、自分には見えていなかったものに気づくこと
そして、自分の考えをもう一度、組み立て直せる力なのかもしれません

違うまま、一緒にいることは、
一度話し合えば完成するものではありません

違いがぶつかるたびに、
それでも一緒にいられる方法を、
何度も探し直していく

その積み重ねが、
違いを理由に、誰かを遠ざけない関係を
つくっていくのだと思います

だから、私たちは問われ続けます

「違う」を、誰かを遠ざける理由にするのか
それとも、もう一度考える理由にするのか


次回予告

ブルバ
「問いが変わったら、答えも変わるんですね」

代表
「そうかもしれないね」

ブルバ
「でも、考えても答えが出ない問いは、どうしたらいいんですか?」

代表
「考え続けるしかないのかもしれない」

ブルバ
「答えがないのに?」

代表
「答えがないから、考えられることもあるんじゃないかな」

私たちが生きる世界には、
正解のない問いがたくさんあります

答えを持つことより、
問いを持ち続けることに、意味はあるのでしょうか

次回、逆転スペクトル Chapter11

「探究 —— 答えより、大切なもの」

について考えてみたいと思います