見えないものも、つながっている

秋分の日に、受け継がれるものを考える

秋分の日は、祖先をうやまい、亡くなった人をしのぶ日とされています

会ったことのない人
名前だけを聞いたことがある人
今はもう、話すことのできない人

その人たちが生きた時間と、今の私たちの暮らしは、どこかでつながっています


私たちが受け継いでいるもの

家族の中に残る習慣や言葉
なんとなく似ている表情や仕草
大切にしたいと思うこと

どこから来たのか分からないものも含めて、私たちは多くのものを受け取りながら生きています

そして今、目の前にいる子どもたちも、私たちの姿から何かを受け取っています

大人が思っているよりも、ずっと自由な受け取り方で

けれど、すべてを同じように引き継ぐ必要はありません

残していきたいもの
今の時代には合わなくなったもの
そして、子どもたちと一緒に新しくつくりたいもの

過去を大切にすることは、過去に戻ることではありません

ここまで続いてきた時間を見つめながら、これからを考えることでもあるのでしょう


敬老の日から秋分の日まで


敬老の日から始まった三日間

  1. 1日目|何を受け取ってきたのだろう

  2. 2日目|つなぐのは、何もない一日かもしれない

  3. 3日目|見えないものも、つながっている

長く生きてきた人を思い、
あいだの時間に立ち止まり、
秋分の日には、ここまで続いてきた時間に目を向ける

三日間を通して見えてくるのは、人から人へ、世代から世代へと続いてきた時間です

世代と世代は、同じでなくてもつながれます

考え方や暮らし方が変わっても、受け取ったものをそのまま次へ渡さなくても、そのつながりがなくなるわけではありません

受け取ったものを見つめ直し、自分たちなりの形に変えていくことも、つながり方のひとつです


子どもたちへ、何を渡していくのか

私たちから子どもたちへ、何を渡していくのか

そして、子どもたちはそれを、どのような形に変えていくのか

その先は、まだ決まっていません

大人が残したものを大切にするかもしれません

まったく違うものにつくり変えるかもしれません

あるいは、もう必要がないと手放すものもあるでしょう

だからこそ、未来にはたくさんの選択肢が残っています

2026年、秋分の日。

これまで受け継がれてきたものと、これから手渡していきたいものに、少しだけ思いを向けてみませんか