逆転スペクトル Chapter11 探究 —— 答えより、大切なもの

INTRODUCTION

前回は、「多様性」について考えました

自分とは違う考え方をする人
自分とは違う感じ方をする人

違いがあると、意見がぶつかることもあります

でも、違う人には、
自分に見えていないものが見えているかもしれません

だから、相手の話を聞いてみる

何を見て、何を経験して、
どうしてそう考えたのか

互いに見えているものを持ち寄ることで、
自分の考えが変わったり、
最初とは違う問いが生まれたりすることがあります

ただ、話を聞けば、
すべてが分かるわけでもありません

知ったことで、
かえって簡単には答えられなくなることもある

では、そんなとき、
私たちはどう考えていけばよいのでしょうか

今回は、
「探究 —— 答えより、大切なもの」
について考えてみたいと思います


逆転スペクトル Chapter11

探究 —— 答えより、大切なもの


考え続けるって、疲れませんか?

ブルバ
「代表、この前、答えが出なくても考え続けるって言ってましたよね」

代表
「うん」

ブルバ
「でも、ずっと考えていたら、疲れませんか?」

代表
「疲れるね」

ブルバ
「……言った本人なのに」

代表
「僕も、もう分からないって、ノートを閉じることがあるよ」

ブルバ
「それは、考えるのをやめたんじゃないんですか?」

代表
「そのときは、いったんやめているんだと思う」

ブルバ
「じゃあ、考え続けてないじゃないですか」

「考え続けることが大切です」

そんなことを、これまで何度も書いてきました

 問いを持つこと

 すぐに答えを出さないこと

 違う視点から考えてみること

当たり前だと思っていたことを、
もう一度見直してみること

でも、毎日を生きていると、
そんなにずっと考えていられるわけではありません

仕事でも、家庭でも、

「もう分からない」

となることがあります

考えているのに、
同じところをぐるぐる回っている

何を調べればよいのかも分からない

そもそも、自分が何に困っているのかさえ、
分からなくなることもある

そんなときにも、

「もっと考えよう」

と言えばよいのでしょうか

考え続けるという言葉を、
少し考え直してみたくなります


知らないことを、どうやって問うの?

ブルバ
「そもそも、知らないことって、どうやって考えるんですか?」

代表
「どういうこと?」

ブルバ
「知っていることなら、もう知っていますよね」

代表
「うん」

ブルバ
「でも、知らないことは、何を知らないのかも分からない」

代表
「そういうこともあるね」

ブルバ
「じゃあ、何を探せばいいんですか?」

代表
「……難しいね」

ブルバ
「代表も分からないんですか?」

代表
「でも、よく分からないのに、気になることはない?」

ブルバ
「気になること?」

代表
「理由は説明できないけど、なんだか引っかかる言葉とか」

私たちは、いつも、
はっきりした問いを持って考え始めるわけではありません

 誰かの言葉が、なぜか忘れられない

 みんなが納得しているのに、
 自分は少し引っかかる

 うまくいったはずなのに、
 どこかすっきりしない

 何が気になるのか聞かれても、
 まだ説明できない。

それでも、

「何かある気がする」

と思うことがあります

問いになる前の、「気になる」

そこには、
分かっているとも、
まったく知らないとも言い切れない時間があります

その言葉を覚えておく

誰かに話してみる

似た場面に出会って、
もう一度思い出す

そうして初めて、

「自分は、ここが分からなかったのか」

と、問いが見えてくることもあるのでしょう

探究は、
問いを立てるところから始まる

そう考えていましたが、
問いが形になるまでにも、
私たちは何かを感じ、考えているのかもしれません


「言ったよね」で、伝わっていた?

ブルバ
「最近、僕も引っかかる言葉があります」

代表
「どんな言葉?」

ブルバ
「『何度言ったら分かるの?』です」

代表
「言われたの?」

ブルバ
「……言いそうになりました」

代表
「何があったの?」

ブルバ
「部屋では走らないでって伝えたんです。そうしたら、別の日にボールを蹴り合っていて」

代表
「それで?」

ブルバ
「走らないでって言ったよね、って。でも、走ってはいなかったんです」

子どもに、

「走らないで」

と声をかける

子どもは、走るのをやめました

ところが別の日、
今度は同じ部屋で、
ボールを蹴り合っています

「ダメに決まっているでしょ。
走らないでって言ったよね」

そう言いたくなることがあるかもしれません

大人にとっては、
走ることも、ボールを蹴り合うことも、
同じ理由で止めたい行動です

部屋には、ほかの人がいる

ぶつかったり、物が当たったりすれば危ない

安全に過ごすために、
周りを見ながら行動してほしい

その判断の軸があるから、
別の行動にも同じように気をつけられます

でも、子どもが受け取ったのは、

「走ってはいけない」

という、一つの禁止だけだったのかもしれません

大人にはつながって見えることが、
相手には、別々のこととして見えている

これは、子どもだけの話ではありません

職場で、

「ギリギリに相談しないで」

と言うことがあります

言う側には、
どこで相談すれば手戻りを防げるのか、
いつまでに確認すれば間に合うのかが、
見えている

これまでの経験から、
進め方を判断できるようになっているのでしょう

でも、その経験をまだ持っていない人には、
いつが「ギリギリ」なのかさえ、
分からないことがあります

自分の中では当たり前になった判断が、
短い言葉の後ろに隠れている

「言葉」の回では、
言った側の意図だけでは、
言葉の意味は決まらないことを考えました

「何度言ったら分かるの?」

という引っかかりをたどってみると、

「私は、何を伝えて、
何を伝えていなかったんだろう?」

という、自分への問いも見えてきます


何度言ったか。何を伝えたか。

ブルバ
「でも、毎回そこまで話すのは大変です」

代表
「そうだね」

ブルバ
「『走らないで』なら、短く言えます」

代表
「一日に、何回くらい言うんだろうね」

ブルバ
「五回くらい?」

代表
「もし毎日5回なら、一年で1825回だね」

ブルバ
「……そんなに言っているんですか」

代表
「仮の数だけどね。その間に、何が伝わっているんだろう」

一回の声かけは、
短く済むかもしれません

でも、それを毎日繰り返すなら、
長い時間を使っていることになります

その繰り返しの中で、
相手には何が積み重なっているのでしょうか

声をかけられて、
走るのをやめられるようになった

それは、大切な変化です

ただ、自分で周りを見て、
走ってよい場面かどうかを判断できるようになったかは、
また別です

 理由がまだ伝わっていないのかもしれない

 分かっていても、
 楽しくなると走ってしまうのかもしれない

 走らずに遊ぶ方法が、
 思いつかないのかもしれません

それぞれ、必要な手助けは違うでしょう

「ここにはほかの人もいるから、歩こう」

と伝える

走れる場所を一緒に確かめる

物の置き方や、
遊ぶ場所を変えてみる

理由を説明すれば、
すぐに行動が変わるわけではありません

危ないときには、
まず短く止める必要もあります

それでも、少し落ち着いたときに、

「何が分かっていて、
どこで難しくなっているんだろう」

と確かめることはできます

「権威」の回でも、
言うことを聞かせることについて考えました

その場で止まってもらうことの先に、
相手が自分で判断するために、
何を伝えられるのか

子どもに考えてもらおうとするとき、
大人の伝え方も、
考え直す対象になるのです


忘れていた言葉が、ふと分かる

ブルバ
「でも、説明しても、そのときには分からないこともありますよね」

代表
「あると思うよ」

ブルバ
「じゃあ、その説明はどうなるんですか?」

代表
「あとになって、分かることもあるんじゃないかな」

ブルバ
「ずっと考えていたら?」

代表
「それもあるね。でも、まったく別の経験をして、昔の言葉が分かることもあるよ」

ブルバ
「その言葉のことを、考えていなかったのに?」

代表
「うん。僕にも、そういうことがある」

子どもの頃に聞いた言葉

言葉の意味は知っていても、
何を言っているのか、
よく分からなかったことがあります

その言葉について、
何年も調べ続けていたわけではない

それでも、ある日、

「ああ、こういうことだったのか」

と、腑に落ちる

 誰かと働いた

 任せてみた

 失敗した

 助けてもらった

 自分とは違う立場に立った

そうした経験が、
ずっと前に聞いた話とつながることがあります

反対に、
昔聞いた言葉が、
今の経験を理解する手がかりになることもある

経験と言葉は、
後からつながることがあるのでしょう

もちろん、

「いつか経験すれば分かる」

と、説明をやめてよいわけではありません

今の相手に分かるように伝えること

そして、
今すぐには分からないこともあると受け止めること

その両方を持っていたいと思います

伝えたその日に、
理解が完成するとは限らない

私たちは、
その場の返事や行動だけでは見えない時間の中でも、
少しずつ理解をつくっているのかもしれません


考えるために、離れてみる

ブルバ
「じゃあ、ずっとそのことを考えていなくても、分かることはあるんですね」

代表
「あると思うよ」

ブルバ
「最初にノートを閉じた話も、それですか?」

代表
「そこまで先のことは分からないけど、考えが進まなくなったら、いったん離れることはあるね」

ブルバ
「何をするんですか?」

代表
「誰かに話したり、散歩したり」

ブルバ
「散歩で、答えが出ますか?」

代表
「出ないことも多いよ」

ブルバ
「じゃあ、散歩しただけ?」

代表
「うん。散歩しただけの日もある」

問いに向き合うには、
意識して考える時間も必要です

 調べる

 書いてみる

 人の話を聞く

 自分の考えと違うところを、
 確かめてみる

でも、同じところを回り始めたとき、
さらに力を入れれば進むとは限りません

誰かに話してみると、

「あれ? 自分が気になっていたのは、
そこだったのか」

と気づくことがあります

答えをもらうというより、
自分の考えていたことを、
自分で聞き直すような時間です

場所を変えたり、
別のものに触れたりすることで、
考え方が少し動くこともあります

ただ、休んだあとに、
よい答えを出さなければならないわけではありません

 疲れているから休む

 今日は、ここまでにする

それでよい日もあります

子どもにも、
考えたくないときや、
説明する元気がない日があるでしょう。

「どうして?」

「よく考えてみて」

と聞き続けることが、
いつも手助けになるとは限りません

問いを大切にすることには、
今は問いに向き合えない人を、
急かさずにいることも含まれるのでしょう


分かったはずなのに、動けない

ブルバ
「でも、理由が分かったら、できるようにはなりますよね?」

代表
「分かっていても、できないことはあるよ」

ブルバ
「代表にも?」

代表
「人に任せようと思っているのに、気になって口を出してしまうとかね」

ブルバ
「任せたほうがいいと、分かっているのに?」

代表
「頭では、そう思っているんだけどね」

ブルバ
「じゃあ、分かっていないんですか?」

代表
「……何がそんなに気になるのかは、まだ分かっていないのかもしれないね」

理由を理解した

自分でも納得している

それなのに、
そのとおりには動けない

そんなとき、
理解や努力が足りないと考えたくなります

でも、説明できる理由とは別に、
まだ言葉になっていない気持ちがあるのかもしれません

任せたいけれど、
前にうまくいかなかったことが怖い

やったほうがよいと思っているけれど、
今は疲れていて、引き受ける余裕がない

反対に、
役に立つ理由は説明できなくても、
なぜか夢中になることもあります

頭で考えたことと、
感情や身体の反応が、
すぐには重ならない

そこにも、
確かめたいことがあります

もちろん、
気が進まないという感覚が、
いつも正しい答えを教えてくれるわけではありません

怖いけれど、
やってみたいこともある

誰かの助けがあれば、
取り組めることもあるでしょう

だから、

「分かっているのに、なぜできない」

と、自分や相手を責める前に、

「今、何が起きているんだろう」

と、見てみる

子どもの「分かっているけど、できない」にも、
同じように、
まだこちらが知らない事情があるかもしれません

探究で出会う、
自分には見えていないもの

それは、
ほかの人の中にだけあるわけではないのです


答えが変わる余地を残しておく

ブルバ
「でも、そんなに確かめていたら、何も決められなくなりませんか?」

代表
「決めなければならないことはあるね」

ブルバ
「まだ分からないのに?」

代表
「今分かっていることをもとに、決めることもあるよ」

ブルバ
「それで、違っていたら?」

代表
「何が違っていたのか、確かめ直す必要があるね」

ブルバ
「答えを出しても、終わりじゃないんですね」

仕事にも、生活にも、
今、決めなければならない場面があります

十分に分かるまで、
待てないこともあります

そのときには、
今分かっていることをもとに判断する

やってみて、
どうなったかを確かめる

思っていたことと違えば、
方法や考え方を見直す

誰かを傷つけたなら、
謝ることや、
そのあとにできることを考える必要もあります

「答えを出すこと」と、
「考えることを終えること」は、同じではありません

前回 は、
互いに見えているものを持ち寄ることについて考えました

今回は、そこから、
自分が分かっていると思っていたことも、
問い直してきました

子どもには、
伝えた言葉がどう聞こえていたのか

昔は分からなかった言葉が、
今、どうして分かるようになったのか

自分は、なぜ、
納得したはずのことができないのか

相手の話や、
目の前で起きていることに触れると、
自分の理解の足りなさに気づくことがあります

そこで、

「もう分かっている」

と閉じずにいられるか

答えを持ちながら、
その答えが変わる余地も残しておく

探究を続けるという言葉を、
今は、そんなふうに受け止めています


問いを持つ私たちも、変わっていく

ブルバ
「代表、最初は『考え続けるって疲れませんか』という話でしたよね」

代表
「そうだったね」

ブルバ
「今は、伝え方とか、昔の経験とか、自分の気持ちの話にもなっています」

代表
「話してみたら、いろいろつながったね」

ブルバ
「代表も、最初から全部考えていたんですか?」

代表
「いや。ブルバに聞かれて、考えたこともあるよ」

子どもの「なんで?」を、
簡単に片づけてしまわないために。

この連載は、
そんな思いから始まりました

でも、子どもの問いに向き合うことは、
大人が答えを準備することだけではありませんでした。

 説明しようとして、
 自分もよく分かっていなかったと気づく

 伝わらなかったことで、
 自分の言葉を見直す

 子どもの反応から、
 思いもよらなかった見方を知る

 「他者」を理解しようとする中で、
 自分の思い込みにも気づくことがあります

問いを考える前と、
考えたあとでは、
私たち自身も少し変わっているのかもしれません

気になる

でも、まだ分からない

人と話す

やってみる

うまくいかない

一度離れる

別の経験をしたあとで、
ふと、分かる

そして、
分かったことで、
また別のことが気になり始める

予感と実感を行き来しながら、
問いも、自分の理解も変わっていく

その途中には、
言葉にならない時間も、
動けない自分もいます

何もかもを整理してから、
次へ進めるわけではありません

それでも、
以前なら聞き流していた言葉が、
今日は少し気になることがある

その小さな引っかかりから、
また話を聞いてみたくなる

探究は、
そんなふうにも続いていくのでしょう


次回予告

ブルバ
「考えているうちに、自分の考えが変わることもあるんですよね」

代表
「あるね」

ブルバ
「子どもの頃と今でも、違いますか?」

代表
「ずいぶん違うこともあると思うよ」

ブルバ
「でも、代表は、ずっと代表なんですよね」

代表
「そのつもりだけど」

ブルバ
「考えていることも、好きなものも変わるのに、何が同じ自分なんですか?」

代表
「……何が同じなんだろうね」

ブルバ
「僕が聞いてるんですけど」

ここまで、
いろいろな問いを考えてきました

誰かと出会う

迷う

決める

間違える

考え直す

周りに合わせることもあれば、
どうしても合わせられないこともある

変わることもあれば、
変わらずに大切にしていることもあります

そうして生きている私たちは、
自分自身のことを、
どれくらい分かっているのでしょうか

子どもの「なんで?」に答えようとしてきた大人も、
まだ分からないことを抱えています

そもそも、

私たち人間って、なんなんでしょう

次回、逆転スペクトル 最終回 Chapter12

「人間 —— 大人も、まだ途中」

について考えてみたいと思います